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2016年4月

2016年4月22日 (金)

いろいろ(655)南の島の岩大学に行ってきた

「研究者デー」という催しでセーデルトーン大学に初めて行ってきた。セーデルトーンというのはなかなか訳せないけれど、セーデルが「南」でトーンというのが「角ばった岩」とか「島」とかいう意味らしい。ちょうど20年前にストックホルムの南の郊外に新設された大学で現在では1万人1000人の学生がいるという=スウェーデンでは大規模大学。行ってみたら、真向かいにどどどーんとカロリンスカ病院が建っていた。Huddinge Sjukhusという方がわかりやすかも?

大学本館は弧を描いた建物で、内部は綺麗だったけれど、なんか使いにくそう。。
研究者の発表は「高校のマーケッティング」「男女平等政策は格差を広げた」「バルト三国の民主主義意識に関する調査」の三つだけ聞いてきたけど、結構面白かった。執筆中(さぼりにさぼってるけど)の男女平等に関する本に使うつもりで、二番目の男女平等の研究にすごく期待したんだけど、いかんせん20分ではかなり端折った発表で残念。発表した博士に直接聞きに行こうっと。
それにしてもストックのルムの南西部に位置しているので南東部に住む私のところからは横断するバスを乗り継いでいくのがちょっとした遠足気分で楽しかった。
Sodertornhogskola

2016年4月12日 (火)

いろいろ(654)「魔法の七夜」

「魔法の七夜」(Sju förtrollade kvällar, Mårten-Sanden著)を読んだ。主人公のブステルは九年生の男の子で放課後ボクシングジムに通うのが生きがい。彼の両親の期待を一身にになっていた十七歳年上の兄ジャックは、雨の日彼自身が運転していた自動車のスリップ事故で橋から落ちて死んだ。勉強好きだったジャックとは異なり、ブステルはほとんど勉強せず学校ではぼーっと過ごしていて成績もよくない。ブステルのクラスメイトのヨエルは体の大きい男の子で、自分より弱いものを陰惨にいじめるのを常としている。よくヨエルの標的になるのは三年下ののっぽの男の子アントニー。ある日、数学年合同体育の授業の後で、ヨエルはシャワー室でアントニーに殴る蹴るのいじめを行い、ブステルにお前もこの虫けらを殴れと命じる。ボクシングジム以外のところで誰かを殴ってはいけないという規則に縛られているブステルはしばらく我慢するが、アントニーへのいじめが続くのに耐えきれず、アントニーではなく後ろにいたヨエルの腕を殴ってしまう。ヨエルの父がボクシングジムに怒鳴り込んだために、ブステルは九0日間のジム出入り禁止となり、予定していた試合にも出られなくなってしまう。失意のブステルが街中の広場に近づいていくと、歩道を掃除していた変なおじさんに映画館の七枚つづりの入場券をもらう。その映画館は、建物は残っているものの、もうずっと前に閉館していたところだった。けれども今はネオン耀く映画館の中に入り、ブステルはほとんど観客のいない中で『ハツカネズミと人間』という旧い映画を観る。ブステルが前から気になっていた「本を読む少女」がその原作を読んでいたことをきっかけに、彼女の名前がサーガということがわかり、アントニーも同じ建物に住んでいることがわかって、ブステルはサーガと一緒に映画館に行くようになる。その幻の映画館で見る映画は旧い名画ばかりで、それらはやがてブステルとサーガの心を結び付ける。ブステルはジャックの死の真相(兄は事故死ではなく自殺だった)を知り、同じように自殺しようとしたアントニーを救い出し映画館に送り込む。

ちょっとどきどきする展開。閉館した映画館で観る旧い映画の内容も主人公たちの気分に大きく影響を与えたように描かれているので、映画の内容がわかるといいんだけど、どれも見たことないな。。


冬の靴とコートをしまった。朝晩はまだ0℃くらいになるけど昼間は10℃くらい。春ですわん。

Sjufortrolladekvallar

2016年4月 8日 (金)

いろいろ(653)「イエスと私」「女の子の歴史-世界篇」

「イエスと私」(Jesus och jag, Petter Lidbeck)「女の子の歴史-世界篇」(Flickornas Histora -Världen, kristina Lindström)を読んだ。「イエス~」は学校で二人の女の子にいじめられているファラーという女の子が、近くに住む浮浪者のような恰好をしたおじさん(外見からイエスと呼ばれている)のところでいろんなガラクタをもらっている。イエスは毎日コンテナを漁っている。ある日、ファラーはイエスから懐中電灯をもらう。その懐中電灯は光を照らした相手を消し去ってしまう魔法の機械だった。翌日またいじめられたファラーは二人のいじめっ子を消してしまったのだった。。

2015年の児童書の特徴のひとつ「いじめ」を扱った物語。最後がかなりシュールでっす。
「女の子~」はシリーズの三冊目。1冊目のスウェーデン、2冊目のヨーロッパも読んでみたい!j紀元前のエジプトにいた女の子の物語から2000年代のパレスチナに暮らす女の子の物語まで、世界各地の異なる時代の様子を女の子の物語として語ったあと、続くコラムで時代の説明を加える様式。実在した人も架空の主人公も。女の子を描くイラストが綺麗なのが最近のスウェーデンの児童書としては特異。気にいっちゃいましたわ。
2泊3日の出張のスーツケースにいっぱい児童書を詰めていったのだけど結局3冊半しか読めなかった。。だんだん年齢があがって字も小さくなるしね。さー、読み続けなくてはっ。
Jesus_och_jag
Flickornashistoriavarlden

2016年4月 5日 (火)

いろいろ(652)「トーレとアーマが海を救う」「エメリー・ニクラソンと僕」

「トーレとアーマが海を救う」(Tore och Ama räddar havet, Pelle Höglund)「エメリー・ニクラソンと僕」( Emelie Nichlasson och jag, Mats Jonsson)を読んだ。「トーレ~」はシリーズものの二冊目で、スウェーデン人のトーレとタンザニア人のアーマがスウェーデンの海の環境問題を解説するという啓蒙書。ザリガニや魚やシロクマが汚れた海を嘆く歌がテキストで、CDも付録についている。ちょっとあまりに啓蒙書。。

「エメリー~」は、一年生で同じクラスになったすっごく出来の良いエメリーという女の子にちょっと嫉妬しながらもあこがれるマッツという男の子の物語。大都市から引っ越してきたエメリーのお父さんは靴工場のオーナーでスノビッシュ。マッツは自分を見下すエメリーの母が嫌い。で、夏休みの後、エメリー一家は工場がうまくいかなくなって引っ越してしまう。スウェーデンの児童書の問題は挿絵がひどくなってきたことにあるとずっと思ってきたのだけれど、この本ほどひどい挿絵は無い!著者自身が描いているんだけど。小学一年生の主人公は30歳のおじさんに見えるし。テキストが手書きっていうのもなにか意味があるのかっ??と叫んでしまう。
Toreochamaraddarhavet
Emelienicklasson

2016年4月 2日 (土)

いろいろ(651)「海からの妹」「お兄ちゃんはノアという名」

「海からの妹」(Systern från havet, Ulf Stark & Stina Wirsen)と「お兄ちゃんはノアという名」 (Min Brorsa Heter Noa, Anna-Clara Tidholm & Joanna Hellgren)を読んだ。「海からの~」は戦争中にフィンランドから疎開してきたシルカがスウェーデンのマルガレータの家で暮らす話。一人娘のマルガレータに、一緒に遊べる相手をあげようね、と秘密のプレゼントをくれることを両親が約束する。犬だとばっかり思っていたマルガレータは同い年の言葉の通じない女の子がやってきて、彼女の部屋で一緒に暮らすことにおおむくれ。でも、最後は友達になって、戦争が終わって別れるときには寂しく思う。なにしおうウルフ・スタルクさんですからね、ほろっとさせられますです。スティーナ・ヴィルセーンの水彩の挿絵は下手でも汚くもないのだけれど、ちょっと絵本としては高尚すぎるのでは?
「お兄ちゃん~」はティーンエージャーの兄がナチス・グループに入ってしまって、通りにハーケンクロスを描きまくったり、だんだん家に帰ってこなくなったりして心配する女の子の物語。カギになるのがノアという彼の名前で、最後にノアのグループは捕まってしまい、遠いところにある少年厚生施設に入れられるんだけど、彼女がハグしながら「お兄ちゃん、今はノアなの?」(不良グループに入っている間はノアという名前を嫌って使っていなかった)ときくと「うん、そうだよ」と答えるという結末。テンポが良くて重いテーマにもかかわらずサクサク読めました。ただ、挿絵がねぇ、、近年流行のヘタウマでねぇ。それもまた「落書き」も鍵となるテーマには良いのかもしれないけど。
Systernfranhavet
Minbrorheternoa

2016年4月 1日 (金)

いろいろ(650)「王女様と恐ろしい熊」「私たちは宝を探す」

「Prinsessan och den fasansfulla bjorne」(王女様と恐ろしい熊)と「Vi letar skatt」(私たちは宝を探す)を読んだ。どちらも昨年出版された絵本。

「王女様~」はシリーズ本のうちの一冊で、王女様(冠は冠っているんだけどTシャツを着てたりする)が自立的にいろいろな問題を解決する路線に沿ったもの。私は初めて読んだのだけど。森中の動物が逃げてくる。恐ろしい熊が森を荒らしている。王女様はいろんな動物に手伝わせて、落とし穴を掘ったり、脚にロープが絡まって動けなくなった熊をいかだに乗せて海に流して森に平和をもたらすという物語。う~ん、、そっか。という読後感。
「私たちは宝を~」はSkattと言う言葉が宝と税金の両方を意味することから、税金払っているんだからどうにかなるはず、と物乞いのおばさんを無視する母親の言葉を「宝」があればどうにかなるのね、と理解した娘が物乞いの伯母さんと一緒に宝を探すという話。孤独なホテル経営者が彼らを蒸かしジャガイモ・パーティーに招いてくれてハッピーエンドになる物語。テキストが韻を踏む詩の形になっているのも興味深い。
Prinsessan_och_den_fasansfulla_bjrn
Viletarskatt

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