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2016年4月22日 (金)

いろいろ(655)南の島の岩大学に行ってきた

「研究者デー」という催しでセーデルトーン大学に初めて行ってきた。セーデルトーンというのはなかなか訳せないけれど、セーデルが「南」でトーンというのが「角ばった岩」とか「島」とかいう意味らしい。ちょうど20年前にストックホルムの南の郊外に新設された大学で現在では1万人1000人の学生がいるという=スウェーデンでは大規模大学。行ってみたら、真向かいにどどどーんとカロリンスカ病院が建っていた。Huddinge Sjukhusという方がわかりやすかも?

大学本館は弧を描いた建物で、内部は綺麗だったけれど、なんか使いにくそう。。
研究者の発表は「高校のマーケッティング」「男女平等政策は格差を広げた」「バルト三国の民主主義意識に関する調査」の三つだけ聞いてきたけど、結構面白かった。執筆中(さぼりにさぼってるけど)の男女平等に関する本に使うつもりで、二番目の男女平等の研究にすごく期待したんだけど、いかんせん20分ではかなり端折った発表で残念。発表した博士に直接聞きに行こうっと。
それにしてもストックのルムの南西部に位置しているので南東部に住む私のところからは横断するバスを乗り継いでいくのがちょっとした遠足気分で楽しかった。
Sodertornhogskola

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コメント

最近思っていることですが、今使っているPCを更新する時期に、ICTとの付き合い方を根本から見直す予定にしています。
言葉は拠って立つ地があって、言葉の意味はその地に立って評価されます。ICTは記号をやり取りするための仕組みであり、記号自体には拠って立つ大地はありません。よって、ICTがやり取りするメッセージは言葉として扱われる資質を欠き、一見すると言葉のように見えるにもかかわらず、言っているはずの内容を大地に立った評価をすることができません。
もともとCは、記号の受け手と送り手が記号を同じ大地の上で評価するという前提で使われてきた訳ですが、インターネットの時代になって、この、意味の大地を共有するという運用上の大原則が外されました。「いつでもどこでも誰とでも」繋がるというICTの特徴は、意味の大地を無視した事をよく表していますね。よって、「記号が意味を共有する人を結びつけて」社会が四分五裂状態に陥るのは必然的な結果。
これを見越した上でネット上で不特定斜に向けた情報発信するのは全く無意味だし、いくら信頼できる資料を使っても、資料の言葉一つ一つの重みが判らないままきれいに論を通して文章にしても、意味の大地に対する配慮を欠けば素人の雑文にしかならない。
これからもし「研究」という文字を使う気があるなら、ICTを使っていくらでも手に入る資料を文章の重みも考えずに編集するやり方はやめなければ、と思い、ICTの時間を削ってでも資料の実際を知るために時間を使おう・・ ということで、多分、今度は本当に、BLOGから引退します。

先日、スウェーデンの大学で筆記試験(レポートを含む)の際にいかに学生が不正をしているかというニュースが流れました。ネットで答えを探してきて自分の回答として貼り付けることに何の抵抗もない、と教師が嘆いていました。ずいぶん多くの学生が除籍処分となったそうです。ネットで得られる情報、溢れる情報の内容の吟味も含めて、情報の使い方を教えねばならないのかもしれません。
Blogからのご引退、ちょっと寂しいですけど。。

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