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2016年2月23日 (火)

いろいろ(641)「暴力は絶対だめ!」

アストリッド・リンドグレン「暴力は絶対だめ!」を読んだ。彼女が1978年にドイツ書店協会平和賞を受賞した時の講演記録。去年、長くつ下のピッピ誕生70周年記念で日本で出版されたもの。リンドグレンのスピーチはウィットに富み、ほろりとさせられるところもあり、強いメッセージもあって、どれも素晴らしいのだけれど、このときの講演は社会的背景も反映して、かなりアグレッシブだととらえられていたそう=事前にもっとソフトなものに代えてほしいと主催者側から連絡があったのだとか。彼女は屈しなかったのだけれど。

当時はまだスウェーデンでも子どもの体罰禁止の是非を論議していた。子どもを叩くことはしつけのために必要と考えていた大人も多かったのだそうだ。叩かれて育った子どもは、暴力を振るう大人になるとリンドグレンは言う。言葉の暴力、気持ちの暴力は誰でも持って居るのかもしれないが、実際に叩かれた経験のある人間は、他人を叩くことのノウハウを体験的に知ってしまうのだろう。
彼女が今生きていたら、すごく心を痛めただろうなと思う。特にひとりでスウェーデンにやってくる難民の子どもたちの状況は悲惨だ。
今日は家にいるので(さっき新聞と空き瓶をリサイクルに出しに外出したけど)、フィリピン風手羽先のグリルを作った。手羽先に塩と酢をかけてオーブンで焼くだけ。美味でっす。
Boryokuhyoshi

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コメント

最近TVを見ていて思う事ですが、識者のコメントが報道と統計データだけを根拠にしていて実感が今一つという事が多いです。統計数字は尺度が現実離れしていたら意味ないですし、報道も報道社が設定している視点が現実を見落としていたら意味ない言葉を送り出していることになります。

難民問題では、「経済成長率に貢献するから」、「外交の理念がそうなっているから」、という賛成論がありますけど、生活を難民とともにする層が実際に抱える問題を誰が解決するから心配には及ばない、という報道を見たことがありません。それどころか、いろいろな問題点が未解決なまま放置されている、という報道すらあります。
もうひとつ言うと、アラブ圏では20世紀後半にはすでに「少年兵」の問題が報道されていました。道に落ちているシンナーを拾って空腹をまぎらせるような生活をしている、子供のころに捨てられた男の子がいるそうですが、原理主義者がこういう層から兵員を取り込み続ける限り、兵員の数が減ることは考えにくいです。「女性の教育」がこういう現実をどう解決するか、全然リンクするようには見えません。

現実に暮らす人に負担を強制しない状況をまず作って、それでも解決できない暴力は抑える、という手順を踏むなら「暴力はよくない」も理解しますが、現実に暮らす人をほっぽり出したままではせっかくの「暴力はよくない」も、現実に暮らす人に解決を強要する(つまり「こんな当たり前のことも判らんのか」という裏の意味を使って)口実にしか響かない、ということも起こりえるのではないか。

もろ手を挙げて「我が国へいらっしゃい」と呼びかけたスウェーデン首相も難民の入国を極力排除せざるを得なくなっています。それでも入国した難民に対してスウェーデン人対象のような100%の福祉ではなく、「下流の」福祉のみを与えようという議論も起こっています。一人でやって来た難民の若者の収容所では毎日のように「暴力沙汰」が起きています。彼らを食い物にする「ブラック里親」についても多々報道されていて、どこから手を付けてよいのかわからない状態です。

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