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2014年6月23日 (月)

いろいろ(506)「ヒ素をください」

クララ・クランツ(Klara Krantz)「ヒ素をください」(Ge mig arsenik)を読んだ。主人公のエリザベス(Elisabeth)は9年生で、もうすぐ学校を卒業する。8年生のときに長年の親友カトリーナ(Katrina)に裏切られた(カトリーナはカミッラと仲良くなり、二人でエリザベスをいじめるようになった)彼女は、学校が楽しくなく、夜な夜なストックホルムの街を徘徊するせいもあって朝起きられずに授業をさぼるようになる。エリザベスは元々書くことが好きでずっと日記をつけていた。けれどカトリーナとの毎日を綴った前の日記帳を続けることはできず、新しい日記帳を買いに出かけた。文房具屋で目に入ったのは豹の絵がつたベルベットの高級ノート。エリザベスは無意識のうちにそれを万引きする。

 エルサ(Elsa)と名を(勝手に)変えた彼女は「物書きの天才物語」を綴る。彼女の両親は離婚したばかりで、彼女は母と一緒に暮らしていた。2年生の妹サラ(Sara)は父親のところにいることが多い。母は国際援助機関の仕事に忙しく、家にほとんどいないのでエルサが学校をさぼっていることに気づかない。

若い(30歳ということが最後に明かされるがもっと若く見えるようだ)金髪の担任教師(スウェーデン語と性教育などを担当)アンデシュ(Anders)はゴーイング・マイウェイのエリザベスを気にかける。夜、街をさまよっているうちに人気歌手ホーカン・ヘルストレーム(Håkan Hellström)の歌を聴いて、気に入ったエルサは彼の歌の歌詞「俺にヒ素をくれ」が気に入り、大音響で聞きながら日記をつける。アンデシュはエルサがヘルストレームが好きなことを知って、自分の友達が昔ヘルストレームと一緒にバンドをやっていたのでCDや写真を貸してくれる。

日記の「天才物語」の中で、父母の離婚の経緯や、カトリーナとの決別に関する背景が明らかになっていく。カトリーナは早熟の美少女で、煙草や酒を試したり、男の子に関心を持ったりしていた。インターネットで知り合った男のことのSexについてエルサに話そうとしたときにエルサが気持ち悪がったのが決別のきっかけだった。

ある日、エルサはもう、気持ちがいっぱいいっぱいになって、昔住んでいた南スウェーデンの島、エーランド島に向かってバスに乗る。エーランドでは昔の友達マリアのおかあさんに見つけられ、彼女達の家に招かれ一夜を過ごす。そこで「なにもかもママのせいだ」と叫ぶエルサに向かって、マリアのおかあさんは「エーランドからストックホルムへの引っ越しを決めたのはあなたのパパの方だ」と明かす。

ストックホルムに戻ったエルサは卒業式に参加する。新しい友達リーサ(Lisa)と電話番号を交わし、ちょっと反省した母とケーキを食べ、園芸ができる新しい家を見つけたと喜ぶ父に興味を示す。担任のアンデシュとも今後ヘルストレームの友人の写真の貸し借りで連絡が続くことが暗示される。そして豹の表紙のノートはほとんどページが残っていないので、天才物語の終わりも暗示される。

2013年の傾向の「孤独と疎外感」を、ティーンエージャーの女の子の視点でめいっぱい表現した小説。離婚といじめはティーンエージャーの小説ではデフォルトになっている感じも。

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コメント

ふと思ったことですが、
ちょうどテレビ放送が立ちがった頃に子供時代を過ごした人って、いいものを与えてくれるのは親・兄弟や学校ではなくテレビ、という刷り込みがあるのかもしれません。その世代が親になって、メディアが与えてくれるものを追い求めるようになると、親の生き方をどこかで無条件に受け継ぐ子供たちは最初からメディアに依存することになる。 ・・ 結果、自分の足で立ち、自分の五感・経験・知恵で歩いてゆく習慣が育たず、(携帯)メディアに依存したり、あてもなく何かを与えてくれるきっかけをもとめて人込みを徘徊したり。

最後のあたりなど、テレビなどマスメディアが与えてくれるものや、繁華街に期待するもののようなキラキラした所は無くとも、手ごたえのある周囲に辿りついた、という情景を連想したりします。

ところで
テレビにしろネットにしろ、最近は、テキストに隠れて宣伝元の意図が透けて見えそうな情報ばかりが目立ってきたので、
と同時に、これまで行ってきた手元の資料の整理を仕上げるために時間を使いたくなってきたので、
ネット徘徊(いいことないかな、という漠然とした目的でサイトをあさること)はおしまいにしようと思っています。今書いているBlogも、少し後にアカウントごと削除するつもりです。

徘徊でない探索(リアルを知っているサイトをみること)は続けるかもしれませんが。

私はここ数年TVはスポーツ中継(オリンピックとか)以外は見ないし、昔はどっぷり浸かっていたネットも今はニュースをチェックするくらいなので、より「現実」に生きているのかとあらためて問うと、ゲームしたり読書してたりしてますねぇ。
ブログとFacebookの二重体制ももちょっと持て余し気味かも。。

こちらのBlogは今日の更新が最終版になると思います。

残念。

補足 思案中
projectSILTAのBlog、ジグソーパズルのように、作っては壊ししてきたので、内容が変わるときには雰囲気も変えたくなります。今は内容が確定した(させる)つもりになっていて、これまでみたいに風呂敷で話すのではなく、包む中身で話したくなっています。中身を準備するにはちょっと準備期間がいるので、更新なしに放置するより閉鎖したほうがいいかも、という判断をしてます。ある意味、信楽先生が巣穴に籠るという話・・
今のサービスにはミニブログがあって、ここは使い捨て情報をかいてもよさそうなので、ミニブログは残すか、全部閉鎖するかは思案中・・
また、著者を良く知っているサイトへのアクセスは、代理の豚さんΦ(^^;)名義で継続するかも思案中です。
ネットのための作文にも結構時間がかかるので(話題が・・;)、風呂敷に包む中身を準備する分、ネットに生息する時間を減らしたいとは思っていますが。

備忘録的に残しておくのも意味があるかも?あんなときのあんなことを考えていたのだと後で知るとか。
私の場合はここ数年更新してないけど、詩の翻訳とか小説とかの「倉庫」になってますぅ(笑)。

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