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2014年3月22日 (土)

いろいろ(487)「暗殺者の森」

逢坂剛「暗殺者の森」を読んだ。これが「イベリア・シリーズ」の最後の本かと思ったらもう一つあるのね。。さっそく買わねば。単行本しかないみたいだけど仕方ない。

で、第二次世界大戦の最終の時期の欧州。ヒットラー暗殺事件なんかも克明に描かれていて。歴史を題材にしたものっていうのは、映画「針の目」なんかもそうだったんだけど、結果がわかっちゃっているので、ドキドキしながら過程を追っていても「ああ、これは失敗するんだ、、」と残念な気持ちをずっと抱くことになるのね。

で、日本人なんだけどペルー国籍&スペイン国籍の北都とイギリスのスパイ、バージニアのロミオとジュリエットのような恋も続いていて。

スパイ小説ってあまり好きではないんだけど、まあ、ちゃんと書かれているから許す。でもやっぱり面白さの点からは「カディスの赤い星」なんかの初期のものの方が上だと思う。

大きな仕事が一つ終わったので少し余裕をもって原稿書きに取り組もうかと思いつつ、金曜なんだから、と別の本に手を出していたりする。

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コメント

ここ数年、「情報民族音楽学」という用語を定義なしで使ってきたのですが、ここ数日でようやく納得できる定義に辿りつきました。年が一つ増える前に、自分が種をまく畑(field)を囲む柵(definition)ができた気分でいます。 <当方も、一つ山を越えた、という話。

もっとも、もうプロの立場で何かをする元気もないし、定義に沿ってさらに何かをするかは未定です。

ただ、ちょっとした理由で引きずっていた緊張感が完全にほどけてしまい、現在、gdgdモード。
まあ、こういう時期があってもいい (*^^*)/

定義確定、おめでとうございます。
大きな仕事を果たすとやっぱりgdgdモードになりますよね~。
今回の出張は先住民族関係だったので、ヨイクを何度か耳にしました<主としてモダンなヨイク。
モダンなヨイクには「譜」があるんだろうけど、伝統的なヨイクは「耳から耳へ」だったんだろうな、と思ったりします。You Tubeで「Joik、Talent、2014」で検索すると、最近スウェーデンのタレント発掘番組で○をいっぱいもらった若いサーミの若者が作った友への鎮魂歌のヨイクが聞けます。

「極北の音楽」というLP (^o^;)レコードに2曲ヨイクが入っていて、ヨイクという範疇の曲を聞いたことはあります。一つは語っているような節、もう一つは歌うような節が入っていました。多分、前者は口伝なのでしょう。後者ははっきりドーソ、ミード、・・・のように洋楽風な(ベートーヴェンの時代の曲風な)メロディが聞き取れるので、洋楽の影響かと思っていました。

印刷本がどこでも安価に入手できるよりずっと前に音楽が成立すると、音楽を継承するにはどうしても口伝が主体になるのでしょうね。当然五線譜の前提と合う保証なんかないので、こういう音楽を書きとめる譜を作るには一苦労あります。このあたりを計算機が助けられるか、助けるにはどうすべきか、という話は情報民族音楽学のテーマになるはずのものです。

ただ、民族音楽学はデータと知見とを長期間(100年とか。ICTでいうDog Yearを基準にすると超長期間。)に渡って収拾・蓄積・共用して活動が進むので、情報民族音楽学を普通のIT応用と同じセンスで取り組むと、IT技術が古びるに伴い、読めないデータ・使えないプログラムの山ができる危険性がある・・・ (^ ^;)

フロッピーなんか使えなくなってますものね<古びたIT技術
新聞なんかで「お手持ちのVHSをDVDにします」なんていうサービスも宣伝してるし
音(長さとか質も含めて)を数字とか記号で置き換えることができる、という考え方が「情報音楽学」であるならば、やろうと思えば(膨大な量になるとは思うけど)「手書き」できるかも?で、やっぱり「譜」として残していくしかないかと?

音の波形を数字に直す所は今は自動化されているので、人手をかけずに作れます。この数字を手書きすることはできますが、ものすごい分量です。(音一秒分で、5桁程度の数字が40万個程度必要、とか。1時間分ならその3600倍。でも動画を書いた数字よりはずっと少ない。)。

音の高さとか長さとか、もう少し扱いやすい量に直すことになりますが、では、どういう量がいいかと言うと、これが音楽ごとに微妙に違います。譜というものは、この扱いやすい量を読みやすく書いた設計図みたいなものと考えるのがいいと思います。

家に設計図と施工とがあるように、音楽には楽譜と演奏行為とがあります。施工の詳細は設計図に書いていないことがあるように、楽譜には解釈の自由度が残っていて、音楽のすべてが書いてある訳でもないのですが。(設計図が無い宮大工の世界は、楽譜のない音楽の世界と似ているのかも。)

おー、すごい分量になるのですね。
「楽譜のない音楽」って、そのまま小説のタイトルになりそう。

訂正(^^;)
音楽CDには一秒分の音を、14ビット(一万といくつか)の数字44000個で書いてあります。40万/秒というのはミスで、4万といくつか/秒ですね。多いことには変わりないけど。

あは、多いですね~。

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