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2014年1月28日 (火)

いろいろ(476)「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」

広瀬隆「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」を読んだ。推理小説かなんかかと思ってたんだけど、ノンフィクションだった。

ハリウッドのスターの多くが癌で死んでいる。「王家の谷」とよばれる西部三州(ユタ・アリゾナ・ネバダ)で西部劇のロケをしていたからだ。そこでは1950年代の半ば、原爆実験が行われていたのだ。ロケが足りないと、死の灰を含む砂をハリウッドのスタジオに持ち帰って映画を撮ったりもしていたのだった。

西部三州の人々は映画スターでなくても癌での死亡率が高く、通常の2倍(10人に4人)なのだそうだ。放射能との因果関係を認める判例も出ているのだとか。それでもあらためて年表の形で、このスターも癌で死亡、この人もそう、、とこれでもかというほど示されると、うーん、確かに、、と思う。

本書は1986年に出た本。アメリカでは受け入れられていないみたいだけど、ハリウッドやラスベガスに行くのもためらうべきなのかも。

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コメント

これ、とても微妙な問題ですね。アメリカに限らず、今核兵器をもっている国はどこでも、実験場周辺住民の被曝問題を抱えているはずだけれど、自分一国だけクローズアップされるのは嫌うでしょうから。結果、自国については隠し、相対する国の件だけをクローズアップさせる ・・ 多分そんな話ばかりになる。

表題の件を含めて被曝問題は、核保有国のすべてが、同時に、勢力争いの無意味さを身にしみて感じるような経験をして、ようやく日の目を見るのではないか、と言ってしまうと身も蓋もないけれど。

1950年代以降大気中での実験をしなくなった後は、地下実験をしたんだけど、地上の穴から放射能が漏れたのだとか。その後はビキニ海域での実験なんかで、その時代になると、日本でも小学生くらいの時に「放射能でハゲるから雨にあたってはいけない」なんて言われてましたね。
その後ネットで検索してみたら著者の広瀬隆さんは今でも反原発派の評論家&作家として、都知事選挙なんかに関しても活発に意見を発しているそうです。

でも、日本の反原発派って何考えているんでしょうね。

安い電気と情報とをふんだんに使う便利な生活は原子力と切っても切り離せないことを考えると、反原発派がまず提案すべきは、今の生活の質を保ちつつも生活に使う電気と情報とをどこまで削減できるか、実証して示す事だと思うのですが。たとえば、放送コンテンツの制作会社と配信会社とを分離して、配信会社は一つに統合するなど。

国内には、TV、FM、ラジオごとに五つくらいの放送網があり、再放送など流して機材を運用しています。これに加えて電話網があり、最近では、固定電話、携帯電話、IP電話などが運用されています。オンデマンドを前提にすれば、放送網の重複は無駄です。

こういう、具体的な課題を例題にとった効果が解る論争って聞いたことがない。発電方式の即刻移行みたいな、実行はとても難しくとも言い出した人には格好いい結果が返ってくる話が一番、と言っているみたいな話ばっかりで。

エネルギーの原発依存率を見ると日本は10数パーセントなので(ちなみにスウェーデンは40%)、その分をなくしてもやっていけないことはないでしょう、数字の上からは。一人一人が自分の使う電気をどうやったら10~15%減らせるか?というシュミレーションをミクロレベルですると同時に、おっしゃるようなマクロレベルでの放送網の整理なんかも考えなくてはならないかと。でも、大本営発表なんていうおカミだけのネットが残ったりして。。

ええ、決断はどちらにでもできると思います。

問題は移行プロセスをきちんと評価しているか、という一点です。いつまでに、いくらをかけて、誰がどの程度の負荷を背負って、どういう社会に移行するのか。どんなものでも技術には寿命があるので、原発だって、こういう事情のあるなしに関わらずいつか新しい技術に移行するものです。従って、脱原発は出発点の確認に過ぎず、政策だというなら、最低限、到達点とそこに行くまでの道を示さないと評価すらできません。

ちなみに、放送網については「オンデマンドで」の一項目が本質的に重要です。オンデマンド放送を視聴する場合、視聴者が主体的に放送コンテンツを選んで視聴します。あえて言えば、(コンテンツに違和感をもつ視聴者はだまってテレビの前を去ってゆくので、)テレビ(テレビに限らず一般にメディア)の内に籠って世間を見ている人は確実に世間を見失います。このご時世で、テレビに言われた通り動く視聴者なんて少数派でしょう。従って、お上の放送だけが残ればテレビ(メディア)そのものが捨てられるだけでしょう。

β(^ ^;)

そうですね<移行プロセスの評価をしているかどうかが大事
オンデマンドで<う~む、そうですね。でも選択肢が一つしかなくなっちゃったとしても人々はそれを捨てるでしょうかしらね?昔とは違う?

年のせいで最近、長話ができなくなりつつあります・・ この話はこのへんで・・

一つだけ。一つにするのは配信系だけです。

番組製作系は今のまま、あるいはもっと増えてもいい。できた番組は一か所にまとめておいて、選ぶのは視聴者に一任する、という。

もともとこの話は、電力向けには気楽に発電・送電の分離を言う放送界への苦言です。いいことばかりじゃないことは足元を見てもわかるでしょう?、評価済みなら根拠教えて、という。

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