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2012年5月28日 (月)

いろいろ(301)「永遠の途中」&「さよならが知ってるたくさんのこと」

唯川恵「永遠の途中」と「さよならが知ってるたくさんのこと」を読んだ。「さよなら~」は若い女性向きの人生指南のようなもの。失恋したって大丈夫!みたいな。「永遠の途中」は大手広告代理店に勤める薫と乃梨子の人生を27歳から60歳まで(とびとびだけど)綴った小説。片や寿退社して(それも乃梨子と暗に職場の同じ男性を張り合ってゲット)専業主婦として生き、片や60歳まで独身でバリバリ仕事をこなす。のほほんとした可愛い薫ときつい美女の乃梨子は互いにずっと相手に負けまいと思っている。60歳になった乃梨子は自分の部下となった薫の娘紗枝に対して、薫と乃梨子がずっと生き方を張り合ってきた話をしてから「もっと自分の人生に自身を持っていくて来ればよかった」というの。

私だって、人生、あのときに別の選択をしていれば、、と思ったことも何度もあるけど、それはそれで自分が想像するのとはまた異なる道なのだろう。ま、ちょっとステレオタイプの二人だけど、「永遠の~」は面白かった。

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コメント

自分とは何?って、永遠の課題なんでしょうね。自身に自信がないうちは理想に向かおうとして、現実に目が向いてくると理想に失望して、最後に何が残るのか-何も残らないのではないか、と思うという。最近、シューベルトの冬の旅全曲の原詩・訳詩を読んでいて、そんなことを思いました。

冬の旅の終わりの方に「幻の太陽」という曲があって、「幻の太陽が三つ見えていた、そのうち二つはもう沈んでしまって今はない。早くもう一つも沈んでしまえ。」という一句がありました。勝手な想像をすると、「自由・平等・博愛」に対する失望感、か (^^?)

「自分の人生に自信をもって生きる」という言葉が小説の文脈でどういう意味を持っているのかは読んでみないとわからないことですが、「そうしたら違う人生(を歩む人)を許せたのに」という意味でならともかく「そうしたら、誰にも私と同じ人生を歩くようにもっと強く説得できたのに」だったら嫌味な感じですね。

「自分の人生に自信をもって生きる」というのは小説の中では「他人の人生をうらやまない」という意味で使われています。
シューベルトは最近あまり聴く機会がないです。モーツァルトとかベートーベンだと結構出会いが多い気がするんだけど。

解説ありがとうございますhappy01
そうすると、最初の所で出した二分法は基本のところで外していたみたいですね (^^;)。

この二分法、
-最初の方は、自分自身の基準を確立して生きる、
-後の方は、自分自身の基準を確立できず周囲の基準に流されて生きる、
というつもりだったので、無理を承知で近い方をとって、最初の方と思って納得します。

(国内で)マスメディア経由で見る人物像は、年齢・性別問わず自己主張のきつい人が(その人の言葉の内容を問わず^^;)もてはやされているように見えるので、日本の小説ということでつい斜に構えてしまったりもします。

二分法の解釈違い、というのは例えば「好きの反対は嫌いではなくて無関心」みたいなもんでしょうかしら?
日本で自己主張の強い人、というのは、なんとなくあの首長たちかな?と想像してしまいます。

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