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2011年8月

2011年8月31日 (水)

いろいろ(175)「ガラスの仮面47」、「バルサの食卓」

本来、家にいないはずの水曜日。世界陸上もお休みの日で無聊を囲っていたらDHL到着♪Amazon早いわっ♪

早速「ガラスの仮面」第47巻をあっという間に読む。帯の速水さんがコワイ。。

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「バルサの食卓」も10分くらいですぐ読めちゃう本。異世界の物語に出てくる料理を日本の材料で再現したのは立派だとしても、やっぱり、ちょっと和風に過ぎるのでは、と思うなぁ。でも、じゃあ、アンタが作れ、といわれてもこれ以上のものは作らないと思うけど。

さー、これから守り人シリーズ読もうっと♪♪

2011年8月30日 (火)

いろいろ(174)夏モード終了

秋の仕事のアレンジもほぼ済んだし、別のも入ってきそうだし、ファイナル・ファンタジー外伝「光の4戦士」もめでたく終わったし(また最初からやり始めているけど)、風邪も抜けたし、で、ようやく夏モード終了で次の段階に移れそう。

とはいえ、世界陸上で一日数時間TVを観るという「異常事態」であります。昨日は男子ハンマー投げとか男子棒高跳びとかスキャンダルの110mハードルとか、面白かった。でも陸上競技の種目って考えるととってもヘンね。三段跳びとか、競歩とか。なぜハードルの距離が110mなのか、とか。

夏の地下鉄・バスカードも終了するので、9月1日からの一年有効カードを思い切って買おうかと考慮中。一年間で7280クローナ(約87360円)、、だったはずなのに、今確認したら9月1日からは8300クローナ(同99600円)て、なにこれっ??今日中に買わなくっちゃ。それにしても一度に10万円近く出費するのは痛いかも。。う~む、確認してよかった(先週金曜に確認したときには9月1日からの値上げなんてどこにも書いてなかったのに)、、けど、あまりの値上げ率にちょっとショック。

ま、気を取り直して、がむばりまっしょい。

2011年8月28日 (日)

いろいろ(173)注文してしまいましたわ

ずっと迷っていたのだけど、上橋菜穂子の守り人シリーズの残りをAmazonで注文してしまった。文庫本5冊とついでに「ガラスの仮面」第47巻も。。

本代が3274円で送料が5200円(国際速達で1週間程度)だって。多分、こちらの本屋さんで注文すると船便で3ヶ月以上掛かる上に値段が3倍になるから直接注文の方が早くて安いことになるのね<重量にもよるけど。

でもまあ、日本の本をこちらで注文できることはあらまほしいことだから本来ならばこちらの本屋さんを通したいところでもあるんだけど、、早く読みたいし。。

今回注文した本の中には「バルサの食卓」というのがあって、これは多分、読んでいて口の中が唾液でいっぱいになるような美味しそうな古代の食事を再現したものみたい。たとえば中に蜜が入っている揚げパンとか。う~ん、楽しみ♪

最近凝っているのは簡易浅漬けに玉ねぎ入れるの。美味よん♪

2011年8月26日 (金)

いろいろ(172)ロシア語とアジア語

最近は行きは直行バス、帰りは地下鉄&バスで通勤しているんだけど、帰りの地下鉄の中でロシア語とアジア語を聞く機会が増えているような気がする。

ロシア語を話す人びとは昨日の帰りのバスの中にもいて(おばーさんとおかあさんと子どもの組み合わせだった)、観光客ではなく住んでいる人のようだった。ロシア人の移住が増えているのかな?仕事帰りの時間にはあまりいないけど、昼間地下鉄の中で多いのが中国語を話す人達。まあ、昼間私が乗るのは中央駅の近くを通る地下鉄で、Hotorget駅付近のアジアン・ストリートに買い物に来る人々なのかもしれないけど。もっと遅い時間、たとえば友人と外で食事した後の金曜日の夜なんかだと中国語やタイ語以外のアジア系言語をしゃべっている若者集団がいたりする。顔つきや言語の感じからモンゴルかと思うんだけど。ベトナムかラオスかも、という言葉も時たま聞く。
#それぞれ一つか二つ聞いて分かる単語で判断するんですけどね~。

私の乗ってる地下鉄の路線で圧倒的に多いな、と思う外国語はやっぱりスペイン語かも。これが別の路線だと多分中東系とかアフリカ系が多くなると思うんだけど。

ああ、ちょっと昔、体力のある頃は外国語のお勉強してたのになぁ。。復活したいなぁ。。

2011年8月25日 (木)

いろいろ(171)魔物を倒して宝石ゲット

今回日本で買ってきたニンテンドー・ゲームの中で今一番やりこんでいるのは「ファイナルファンタジー外伝:光の4戦士」。ぬいぐるみみたいなキャラクターがいろんな魔物と戦っていくんだけど、ちょっと良いな、と思うのは魔物を倒してオカネがもらえるのではなくて(こういうのがフツー)魔物が時々宝石を落としていく、という設定なの。

で、魔物の種類やランクによって宝石の種類も変わってきて、たとえばボス・ランクだとダイヤモンドがもらえるとか。で、その宝石を町の道具屋で売って武器や防具を買ったり、魔法が使える本を買ったりできるの。でもって宝石の組み合わせで職業ランクアップできたり、武器や防具にはめ込むことで強さをアップすることも可能なの。武器や防具の強さアップのためにはそれほどお金にならないルビーとかエメラルドとかいう下級魔物の落とす宝石も重要になるので(アメジストとかアクアマリンが高級でそっちは職業ランクアップに使用する)下級魔物でも一生懸命お相手することになるのね。

で、魔物を倒して金稼ぎ、というのは残酷な気がして、宝石を集める、というワンクッションがあることで少し救われるのではないかと思ったわけ。
#まあ、あまりかわんない、といえばそうもいえるけどさっ。

昔、介護とITのセミナーで介護用オムツを造っているメーカーの人がITを利用した例を紹介していたんだけど、ケア・テイカーが端末を持っていてオムツをしている患者の近くでそっと端末のスイッチを入れるとそのオムツが濡れているかどうか、替え時かどうかを一瞬にして判断できるのだとか。で、優しく患者に向かっておむつ交換しましょうね、とか話しかけることができると。同じようなのが日本にあるかと調べてみたら日本では患者のオムツが濡れると警告ブザーが鳴る、といったような仕組みだったの。
で、日本のはなんて「非人間的!」と思ったのよね。結果的には同じことだとしてもさっ。
#10年くらい前の話だからその後どうなったかは知らないけど。

で、魔物を倒して宝石ゲット、にもなんとなく優しさがあるような気がしたのですわん。倒しちゃうんだから優しさもなんも、、といわれればそれまでだけど。。

2011年8月23日 (火)

いろいろ(170)昆布茶とレモンで

8月から仕事の拘束日が水~金だけになったので、月火にはプールに行こう、とか、せめて週1回掃除機をかける日にしよう、とか、講演準備のために基礎資料を読み込もう、とか、いろいろ考えていたのだった。

でもすぐに風邪を引いてしまったり、フリーの仕事で引き受けたアポ取りが難航していたりで、ストレスだらけの生活が続いて体調もおかしくなってしまっている。

で、ちょっと時間が空いたときでも、以前のように寸時を惜しんで本を読んだり、買い物に走ったりする意欲がなくなり、なにか生産的なことをするための敷居がどんどん高くなってしまっている。やっぱりこれは体力不足なのかも。ビタミン不足かな?

さっき読んだ古い週刊誌に昆布茶とレモンを使った簡易漬物の作り方が書いてあってちょっと興味が引かれたので、とりあえずそんなものを作ってみようかと思うリハビリの日。

2011年8月21日 (日)

いろいろ(169)「虚空の旅人」、「神の守り人」

守り人シリーズの手持ち最後の本上橋菜穂子「虚空の旅人」と「神の守り人」(上下)を読んでしまった。。

「虚空の旅人」はチャグムの話であまりバルサが出てこないのがちょっと隔靴掻痒。「神の守り人」は「精霊の守り人」の二番煎じのような気もして、上橋パターンがわかっちゃったぞい、と思わせるような。

まあ、でも夜の12時過ぎても読み続けたいと思う面白さは流石で、これはやっぱり「物語」の面白さだと思う。

Amazonでシリーズの次の本を注文すべきかどうか悩むところ。次回日本に行ったときまで待っても良いような気もするな。でも他に読む本がもうないのよね。。2週間続いた風邪も少し収まってきたような気もしないではないから、そろそろ本格的に自分の文学に取り掛かる時期なのかも。

DVDで「大列車強盗」と「センチュリオン」を観た。どっちもみなくてもよい映画だった。。

2011年8月17日 (水)

いろいろ(168)「闇の守り人」、「夢の守り人」

上橋菜穂子「闇の守り人」&「夢の守り人」読了。「闇の守り人」は女用心棒バルサが過去を知るために故郷に戻って、その途中で「闇の世界」と対峙する話。暗い水と青白い宝石のイメージが付きまとうみたいね、上橋さんのイメージには。

「夢の守り人」は作者自身が「シリーズの中ではちょっと鬼っ子」と解説しているように、少し外れた「夢の花の世界」の話。歌と夢と花の世界のイメージは少し「おどろおどろ度」が不足しているように感じた。

やっぱり文化人類学の研究者として「あちらの世界」のことを語るオババの調査をしていたりした経験が活かされているのでしょうね。

北欧神話でも黄泉の国はあるのだから、ちょっと詳しく調べてみたい気もする風邪の回復期。

2011年8月16日 (火)

いろいろ(167)「精霊の守り人」

上橋菜穂子「精霊の守り人」を読んだ。成田空港でオトナ買いした「守り人」シリーズ(文庫本)の最初の本。

「獣の奏者」の前にこんなの書いてたんですね~、上橋さん。古代アジアの皇帝国の第二皇子(チャグム)のおなかに水の妖怪(?)の卵が宿っちゃって、それを狙うイソギンチャクとサソリの合いの子のような化け物から皇子を守って、ちゃんと卵を海まで運んでやらねばならぬと、用心棒になったのがバルサという風来の30歳の女性槍使い。

ま~、おどろおどろしくて面白いっす♪ヌメヌメした感触も魅力。それにしてもニュンガ・ロ・イム(水の守り手)とかヨナ・ロ・ガイ(水の民)とかの呼び名がちと「専門的過ぎる」ような気もするんだけど。。

さあ、次はシリーズ第二作「闇の守り人」ですわん♪

2011年8月15日 (月)

いろいろ(166)「紫の女殺人事件」、「月のしずく」

本日も風邪引きの寝床でうつらうつらと読書。内田康夫「紫の女殺人事件」と浅田次郎「月のしずく」。

「紫の女殺人事件」は例によって作者の内田氏自身と彼が作り出した主人公浅見光彦探偵が実際に会ってるという設定で、これはやっぱり禁じ手としか思えないんだけど。幽体離脱の謎解きもあっけないし、犯人もすぐわかっちゃうしで、浅見光彦登場作品としては駄作の部類。

それに引き換え「月のしずく」はこれでもかっ、というくらいの人情中篇集で大変よくできました、の評価ですわん。描かれるオトコ達がカッコイイです。学歴のない労働者だったり、うだつのあがらない中国人経営者だったり、ヒトゴロシのやくざだったりするんですが。こんな優しい男がいるんだったらちょっとほっぺた舐めてみたいと思わせるような。縄田一男氏がこの本の解説で興味深いことを書いてます。作者が登場人物に入れ込んでしまうといけない、と。浅田作品はそのような危険が無い、という例なんですが。入れ込みすぎが鼻につく、という意味では上の内田康夫氏が自分を登場させるというのもその変形なのかもしれないし。縄田氏が引いていた例では、彼がある著名人の弔辞を頼まれたのだけど、我ながら不出来だと思っていたところ出版社からダメだしがでたのだと。曰く、書いている人が読者より先に泣いてしまってはいけないのだと。読者(弔辞だったら聞いている人かな)が泣けるような淡々とした文章にすべきなのだと。浅田作品はそのあたりの機微に長けているのだと。

う~む、勉強になりますなぁ。

2011年8月14日 (日)

いろいろ(165)「今は昔のこんなこと」、「幻香」、「くちぶえ番長」

佐藤愛子「今は昔のこんなこと」、内田康夫「幻香」、重松清「くちぶえ番長」を読んだ。「今は昔の・・」は中学二年生の孫に「腰巻」も「火鉢」も通じない、なんていう実体験から、それら昔の風物とか風俗を懐かしみながらエピソードを盛り込んで綴ったもの。「夜這い」には丸裸になって頬かむりだけして忍び込むという作法があったのですって。そうじゃないと泥棒と間違えられて切り捨てられちゃうからだそう。。

「幻香」は危険な香水を作ってしまった天才が、それを三つに分けて将来の改善を望む、というミステリーだけど、もともと内田康夫と彼のファンのリレー小説のような形で会報に連鎖記していたものをアトヅケで改良したものだとか。内田作品にしてはちょっと展開がくどくどしているのはそのせいか。あまり良い出来ではないと思った。

「くちぶえ番長」は「小学4年生」に連載していた児童文学で、口笛の上手い女の子が主人公、っていうかその子の思い出、ということになってるけど。

風邪引きの時にはカラダもアタマも疲れてるので何を読んでもちょっと舌にざらざらしたものが残るような不快感がある。そんなときは雑誌くらいが適当だと思うんだけど、水曜に受け取ってきた月ぎめ購読雑誌はもう全部読んじゃったし。<婦人雑誌>は相変わらずダイエットと離婚すべきかどーのこーのという家族問題特集ばっかだったりして。。<一般雑誌>は「なぜ居座る菅?」ばっか。。

アタマに染み入る美しい文章が読みたい。

2011年8月12日 (金)

いろいろ(164)信じられない出来事が

朝、ぼんやりと出勤。気温14℃で寒かったので薄めのレインコートを着た。喉が寒かったのでボタンをはめた(ちゃんと着るときにはボタンの前にファスナーをしめる)。で、上から3番目のボタンが浮くので「あらまあ、私ったら、また掛け違えて裾がアンバランスになってるのかしら?」と確かめたけど、左右の長さは合ってる。ま、いっか、後で確かめようと、バスに乗ってから良く見たら、、な、なんと、ボタン穴が無い!買ってから3年も経つのに、いつも愛用しているのに、今まで気がつかなかったとは!。。欠陥品だったのね。。

う~むむむ、、と驚愕の新発見に動揺しながらバスを降りて、いつものように王妃通りを歩いて職場について、しばらく経って、ふと足元を見たら。。左右別々の靴を履いてた私。。信じられない!全然違和感無かったのに。。確かにデザインの似た靴ではあった。でも、フツー、間違えるかぁぁぁ?

帰宅時は職場においてあったサンダルを履いてきたけど、と明日もまた信じられない出来事が起きたらどうしよう、、とびくびくするのであった。

2011年8月 9日 (火)

いろいろ(163)「卒業」と「老いの才覚」

重松清「卒業」と曾野綾子「老いの才覚」を読んだ。日本語の読書は風邪引きでもすいすい進むのは我ながらゲンキン。

「卒業」は始まりを感じさせる終わりを描くことをテーマにした短編集。壮年になった作家のなさぬ仲の母との葛藤とか、母のおなかにいるときに父に自殺されてしまった中学生の娘とその父の親友だった男との交流とか。重松清は上手な作家です。オチを作るのが上手いというか、泣かせるのが上手いというか。長編より短編のほうが彼のよさが凝縮して出ていて良いと思う。

曾野綾子は後期高齢者の生き方を説いているのだけれど、まあ一言で言えば「分を知れ」ということでしょうか。ブレないのはさすが。ただあれほどの信仰者であっても、神がいるかどうかはわからないけど、わからないのだったらいると思ったほうが良い、というスタンスでいるのだそうでちょっとびっくり。「老いの準備」については自立を目指せとか、しごくまともなことをフツーに書いているだけ、という気もしないではない。フツーのことができない人も多いんですけどね、多分。

いろいろ(162)夏風邪とモニカ・ファーゲルホルム

外から風邪のウィルスを持ち込んだ輩がいて一昨日くらいから私も急激に症状が悪化。。返却期限が近づいているモニカ・ファーゲルホルムの「水辺の女性たち」と「ディーヴァ」をふらついた頭で読もうとするのだけれど、脳細胞が踊ってしまって全然はかどらない。。

モニカ・ファーゲルホルムの小説は典型的なフィンランド・スウェーデン文学で、きっちりとした結論は無くさらさらと短い文章が流れていくもの。流れていく文章だったら読みやすいのではない?と思うでしょ?でも頭に残らないから何度も同じ行を追ってたりして、疲れるのだ。。それに「・・が死ぬ数日前」とか「3年後には自殺しちゃうんだけど今は・・」なんていう暴露的な展開はあまり楽しくないなぁ。。

今日図書館に行って引き続き借りる手続きをとろうかと思ったけど、一旦完全に返却した方が風邪ウィルスと戦っているカラダには良いかもしれない。今日は何百万回読んだか知れない愛蔵版漫画を読んでヌクヌクとくらそう。

2011年8月 8日 (月)

いろいろ(161)「取り除く」

犬が死んだので、平日毎日一回の散歩を契約していたドッグ・ウォーカーとの契約解除をした。契約解除の書類にサインをして鍵を返しに来たドッグ・ウォーカーは、彼女が撮った私達の愛犬の写真をUSBメモリーに入れてプレゼントしてくれた。

私達にとって一番辛くて判断が難しかったのは安楽死のための処置を獣医さんに頼むことだった。それは獣医が判断することではなく、飼い主の責任による判断なのだった。

そんなことをドッグ・ウォーカーと話しているとき、彼女が「取り除く」(ta bort = take away)と表現していたので、ふぅ~ん、、と思った。取り除く、という訳は適当ではないと思うけれど、他に言いようが無い。。犬の生命を取る、という意味だ。人間のアロガンスといえばまったくその通りだけど、犬を苦しみから解放する責任もまた飼い主のものなのだ。

犬は人間より短命だから、いずれ私達が生きている間に別れが来るとはわかっていたけれどもう数年は大丈夫だと思っていた。でも一緒に暮らせた十余年はかけがえのない日々だった。合掌。

2011年8月 5日 (金)

いろいろ(160)アマデウス・モーツァルト

いまさらにして「アマデウス」のDVDを観ました。この映画を見に行ってオロフ・パルメ首相が襲われちゃったんですよね。良い映画だったけどあんなに長くなくても良かったのでは?と感じて、もしかしてこの映画が半分くらいの長さでその分早く上映し終わったら、まだSvea通りを歩いている人も多くてパルメ氏が撃たれた際の目撃者もいっぱいいて犯人が捕まったかも?なんていうことまで考えちゃいましたわ。

モーツァルトの音楽が好きな人には数倍楽しめる映画だとも思いました。後でWikiで調べてみたらかなり忠実に彼の生涯をたどった展開であったし。モーツァルトの音楽を聴くと集中力が上がるとか、牛に聞かせるとミルクが良く出るようになる、とかいろいろ読んだことがあるけど、彼の音楽は確かに耳ざわりが良いと思いますわん。。でも続けていっぱい聴くと飽きる気もしないではないけど。。

いつかきりりと身支度を整えて、モーツァルトの音楽を流しながら家中を掃除してみたいものだと思ったりも。。いつかね。。

2011年8月 1日 (月)

いろいろ(159)「終末のフール」

井坂幸太郎「終末のフール」を読んだ。8年後に小惑星が地球と衝突して人類は全滅する、というニュースが全世界に流れて人々はパニックに陥ったが、その5年後、つまり、あと3年、という時点では少し落ち着いてきているという状況の中、仙台の団地に暮らす8家族(家族に先立たれて生き残った人びとも)の物語。

3年後に世界が終わるというとき、人は何を生きがいに生きていくのか?という問いかけなんだけど、さすが井坂小説、そこはかとないユーモアが漂っていて悲惨な感じではない。

科学的には8年後の衝突を予測するのは無理、だというし、小惑星くらいで人類全滅は無いだろう(前回?の衝突で恐竜が全滅したってそのほかの生物は生き残ったのだし)というらしいけど、そこはまあ、物語ですから。

あと3年で絶対に世界が終わるのだったら、みんな仕事をしなくなるんじゃないかな?でも仕事のほかにすること無くて困るんじゃないかな?食料や燃料の調達が難しくなるでしょうね。生き延びるためには南の島に行くのが一番良いのかな?・・・北欧は気温は厳しいけど水と燃料があるからOKかも。。

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