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2011年6月

2011年6月30日 (木)

いろいろ(147)あづい

暑い。。

といっても気温は20℃ちょっとだし、湿度は高くなくて木陰に入ると涼しい。でも今夕、久しぶりに地下鉄に乗った(最近はバス通勤)ら、熱気むんむん、汗だらだらで、まるで日本にいるみたいな感じだった。

来週後半から日本なんだけど、こんなもんじゃないだろうなぁ。。戦々恐々。ストックホルムでも人々は勝手にスーパークールビズのかっこうしてるんだけど、長袖、ネクタイ、スーツのビジネスパーソンたちももちろんいて、服装コードがいまいち安定してない。

日本でも着られるようなワンピを探してここ数日駆け回っているんだけど、ワンピは良いとしても上にはおる夏のジャケットが売ってないのよね。。ブラウスで代用するかと妥協案を出しても、ブラウスも長袖だったりするし。。日本に帰るたびに「ヘンなかっこうしてるのね」と母に冷たくコメントされちゃうのは北欧と日本の気候のミスマッチのせいよ(ぐすん)。

浴衣は履物がゲットできないからダメ。。アフリカの服って、どうかしら?とまで考えたりしてい今日この頃。

2011年6月26日 (日)

いろいろ(146)「もりだくさんすぎ」

よしもとばなな「もりだくさんすぎ」を読んだ。これは出してはいけない本だと憤った。最後まで読んだけど。1年間のブログ日記ををそのまま本にしたもので、一般読者には通じない内輪話なのだ。ばなな信奉者だったら読んでて楽しいかもしれないけど、あまりにも??ばっか。。

週刊誌のエッセイを一冊の本にまとめる、というのならまだわかる。林真理子とか東海林さだおとか。エッセイとして書かれたものだったら少なくとも状況説明はあるだろう。それが全然ないのですわ、この本には。

よしもとばななの小説はそんなに嫌いじゃなかったんだけど、あまりにこの本に失望しちゃったので、当分読みたくないかも。。

2011年6月25日 (土)

いろいろ(145)「海の深み」と「開けた海」

アニカ・トール「Havets djup(海の深み)」と「Oppet hav(開けた海)」を読んだ。日本語のがなかったのでスウェーデン語で読んだのだけとかなり読みやすかったのでオリジナルで読めてよかったのかも。

ナチスのユダヤ人迫害を逃れてスウェーデンに疎開してきたステフィとネリの物語全4巻の三巻目と四巻目。ヨーテボリ郊外の島とヨーテボリが舞台なので、土地勘があると分かりやすい。

現代を描くよりも「昔」を舞台にした方がイメージが安定していて良いのかもしれないと思った。日本で言えば「三丁目の夕日」の世界の方が現代よりももっと共通イメージを読者に喚起しやすいというか。

雨と晴れがころころかわる典型的な夏至の天気。ぬくぬくと読書三昧の4連休を前に数ヶ月ぶりに買ったポテトチップは味が濃すぎて美味しくない。。

2011年6月23日 (木)

いろいろ(144)「ジーン・ワルツ」

海棠尊「ジーン・ワルツ」を読んだ。不妊治療にかかわる医師の話。クール・ウィッチと呼ばれる主人公の曽根崎理恵はカッコイイけど、前作に続いて厚生省糾弾と現場の参上の記述が勝って、小説としてはちょっと走りすぎだという感じも。

不妊治療に関しては日本の政治家とかタレントもマスメディアで話題になってましたね。誰が母か?という法律上の規定は確かに「現状に合わない」と思うな(卵子提供者か、オナカを貸した人か)。「母になりたい人」にしちゃえば良いような気もするけど?

日本の市役所は婚姻届を365日受け付けている、ときいたことがあります。新婚旅行で事故にあって死んじゃったときに婚姻届が受理されているかどうかで残された人の財産が代わってくることを防止するためなのだとか。不妊治療における「誰が母か?」ということもそれに関連してくるのでしょうね。でも、「誰が父か」ということがもう現実には曖昧になっているのだから、母のことろもいずれ曖昧になるのでは?とシロートは思ったりするけど。

バイキング時代からスウェ国は母系社会なんですよね。現代でも子どもは自動的に母に所属していて、父はことさらに届け出ない限り父として認められないシステム<たとえば自動的に母の苗字を受け継ぐとか<父の苗字にするときにはことさらの届出が必要。

本書にも何度かでてくるけど、子どもは自然に100%完全に生まれてくるのではなくて、100%完全に生まれてくること自体が天の恵みであって、子どもが生まれる、ということは畏怖の念を持って感謝する自然の恵みであるということに激しく賛同。

2011年6月19日 (日)

いろいろ(143)「睡蓮の池」と「江戸期のスウェーデン」

アニカ・トール「睡蓮の池」とグンナル・ブルーセヴィッツ「江戸期のスウェーデン」を読んだ。後者は画家&エッセイ家のグンナル氏が地方新聞に連載していたエッセイをまとめたもの。ロースラーゲン地方の習慣とか歴史とかがイラスト入りで綴られているんだけど、、これを「江戸期」とするかぁ?そりゃー、年代的には江戸時代かもしれないけどさぁ、イメージが重ならないでしょうがっ?!地方新聞の記事をそのまま訳してるのでかなり「??」な部分もあるような気がする。ほら、スウェーデンのその地区を知らないととにかくイメージが浮かばないでしょ?イラストが着いているとはいえ。

「睡蓮の池」は先日読んだ「海の島」の続編でユダヤ人ゆえにスウェーデンに逃れてきたステフィとネッリの姉妹の物語。4部作だそうだけど、この第二作はステフィがヨーテボリの中学にいくためにお医者さん宅に下宿してそこの息子に惚れちゃうという展開。児童書だけど読み応えがあります。第三作、もう図書館に返却されてるかなぁ?

2011年6月18日 (土)

バイキングの娘(23)「悲劇のバイキング遠征」

マッツ・G・ラーションの「悲劇のヴァイキング遠征」を読んだ。王家の息子イングヴァールが700人あまりを率いて黒海を通ってグルジアにまで至り、その地でさらにカスピ海までをめざし、(その地の政争に参加し、相手を打ち破ることに)成功したものの疫病でほとんど皆死んだ、という悲劇の物語。

著者は理系の人で技術的な観点からバイキング舟を分析したり、アイスランド・サーガに残る記述とスウェーデンに残るルーン石碑に彫られた文言と地理的な考察を加え、従来黒海で止まっていたバイキングの軌跡をカスピ海まで延ばした、のだそう。グルジアの史書とつき合わせた分析が功を奏したのだとか。

ヴイングヴァールの一向は1041年に死亡したのだそうで、その数年後にスウェーデンに戻ってこられたバイキング舟一隻分の人びと(20人くらい?)が、待ちわびていた王様と家族に悲劇を報告し、その結果特にイングヴァール石碑とよばれるルーン石碑(現在26基が確認されている<ルーン石碑自体はスウェーデンに3000基あるのだそう)が建てられたのだとか。

なんか、すごいよね。ちょっと断片的なイメージしか思い浮かべられないけど。

2011年6月17日 (金)

いろいろ(142)「RURIKO」

林真理子「RURIKO」を読んだ。浅丘ルリ子の半生の話で、こんなに実名を出して良いの?と心配になるくらい映画スターが出てくる。小林旭とか石原裕次郎とか石坂浩二とか美空ひばりとか。

古きよき時代の映画界の話とか、スターの心境とか良くかけていると思う。浅丘ルリ子って今でも現役なのね。私はちゃんと映画とか舞台を見たことがないけど。歌も聴いたことがないな。石坂浩二との離婚のときの報道は少し雑誌かなんかで読んだ覚えがある。彼ら二人のすれ違いは小説の中で分かりやすく分析されている。

彼女も出演しているデンデラっていう映画がもうすぐ公開されるみたい。観るチャンスがあるかな?

2011年6月15日 (水)

いろいろ(141)「シャドウ」と<野いちご娘>

道尾秀介「シャドウ」を読んだ。精神科医と子どもの周りで自殺とか殺人とか性的虐待とかが起こるミステリー。面白いんだけど仕掛けが多すぎてちょっと疲れる。。最後の謎解きも、え、そんなのあり?とか思っちゃうし。

それにしても医学関連のミステリーって増えてきましたね。ミステリー執筆計画でもたててみようかしら。でもファンタジーの方が好きなんだけど。この夏はずーーーっと眠り続けている「バイキングの娘」を起こしてみようかとも。そういえば、歴史博物館にある(いる)「野いちご娘」(女児のミイラの胃にいっぱい野イチゴが詰まってたのでHallonflickaと名づけられた)にコンピュータ処理で肉付けした顔が最近発表されてました。もうちょっと幼い感じかと思ってたんだけど。。ま、頭蓋骨だけよりは可愛いかも。。

2011年6月12日 (日)

いろいろ(140)「断捨離」

やましたひでこ「断捨離」を読んだ。なにが自分にとって大事かを判断基準に要らないものをなくしていく、というまっとうな考え方に基づいて、溢れるモノを整理していくのだと。ごもっとも。

私も数年前から本を処分し始めた。断捨離、がまだ流行っていなかったころ。文庫本や単行本、好きな作家のものは繰り返し読むかな?とずっととっておいたけれど結局ほとんど読まないので友人にあげたり団体に寄付したり。「モンテクリスト伯」とか「赤毛のアン」とか「指輪物語」とかまだ残してあるのはあるけど。漫画も厳選して残してあるけど、もうそろそろ半分くらいに絞っても良いかもしれない。

先日、靴の整理をしたけど、靴とか服は運命的な出会いがあるし、スウェ国ではほしいときにすぐゲットできるような体制ではないから、「断捨離」判定基準がちょっと甘くなるなぁ。。先日のペンたてだって、結局適当なものが見つからなかったのでお菓子が入っていた丸いブリキ缶で代用することにしたし。

ま、午後ちょっと台所なんぞを片付けてみませう。

2011年6月11日 (土)

いろいろ(139)「静かな大地」

池澤夏樹「静かな大地」を読んだ。アイヌを和人が蹂躙する話。まあ、歴史的事実があるからハッピーエンドにはならないことは分かっていたんですが。。

北海道は札幌&近郊へ数度行ったことがあるけど、日本の他の地域とはちょっと別な感じがするような感じもしたような。ま、気のせいかもしれないけど。

ちょっと失望する出来事があって気がウツウツ。実力不足なのかなぁ、結局、私。気分転換には美味しいものでも食べればよいかもしれないんだけど、最近またじわじわと体重が増加傾向にあるし。それもウツウツ。

楽しい夢でもみられるように枕さんをぽんぽんたたいてみませう。

2011年6月 8日 (水)

いろいろ(138)ペンたて

ミッキーちゃんのペンたての底が抜けた。ま、入れすぎが原因だけど、古かったし。で、テープで応急処置をしたけど美しくないので、新しいのを買おうと決心。

昼休みにNKデパートのスノッブな文房具売り場へ行って探してみたら、まあ、なんと450クローナ(約6000円)よ。革製だとはいえ、たかがペンたてに6000円も出す気にはなれないので、Ahlensデパートの無印良品コーナーへ。

透明の丸いのがあって35クローナ(約500円)♪・・・でもさあ、ちょっと見には空き瓶そっくりなのよね。。これだったらジャムの空き瓶使っても同じじゃん。。

ということで今日はあきらめて明日またEsselteで探してみよう。ペンたてひとつでこんなに苦労するとはさすがスウェーデン。

2011年6月 4日 (土)

いろいろ(137)「海の島」

アニカ・トール「海の島」を読了。児童文学だけど読み応えがありました。ユダヤ人がナチスに迫害を受けた時期、ドイツから子どもを500人受け入れたスウェーデン。ヨーテボリ近くの海の島に疎開したステフィとネッリの物語。子どものいじめとかユダヤ教を邪教とみる田舎の敬虔なキリスト教徒たちとか、リンドグレン風のスウェーデンの自然の中での歴史物語に陰影をつけてます。

偶然に借りてきたのだけど四部作の第一冊目だそうで、残りを読むのも楽しみ♪アニカ・トールもこれまで名前だけしか知らなかった。これがデビュー作でいきなりストリンドベリ賞の候補になった作品だとか。読ませますものねぇ<納得。

本屋で自分で買うのは「知った作家」のものばかりになっちゃうから、図書館でいろいろ「発見」するのもまた良いものですなぁ。

連休二日目は初夏の気候。翻訳仕事も溜まっているけど惰眠むさぼる犬を起こして散歩にでも行ってこよう。

2011年6月 3日 (金)

いろいろ(136)「花を運ぶ妹」

池澤夏樹「花を運ぶ妹」を読んだ。久しぶりに読んだちゃんとした小説、という感じがした。池澤夏樹って良く知らなかったのだけど(今回も国際図書館で他にあまり選択肢が無かったから借りてみたもの)、堂々たる作家(っていう表現も変だけど)なんですね。図書館に返しにいったときに別のものも借りてみようっと。

バリ島で罠にはめられて麻薬密輸販売の罪で捕まってしまう画家の哲郎をパリ在住の妹カヲルが助けようという話。私がもし一度でもバリ島を訪れていてその魅力がわかっていたらもっとこの小説にのめりこんだだろうな。でも行ったことがなくてもちゃんと想像はできる表現力のある物語。登場人物もそれぞれにちゃんとイメージされるし。言葉に強さがあるのだろうな、きっと。

バリ島、行ってみたいけど、暑いし、遠いだろうなぁ。。ヴェトナムとかカンボジアなんかも面白そう。でも暑くて大変だろうな。。

2011年6月 2日 (木)

いろいろ(135)翻訳の難しさ

久しぶりに翻訳ちう。

で、一行目から四苦八苦。「フィンランドにおけるスウェーデン語で書かれた文学作品は独自の人生を歩む(送る?)」。文学に人生はあるのか?「人生」は原語では「liv」、英語にすると「Life」。「lever eget liv」という表現なので「命」という選択肢は無視してよいのだけれど、「生活」という訳語は範囲内かも。。英語にすると「live own life」だから、やっぱり「独自の人生を生きる」しかない気がする。。でも、日本語では「人生を生きる」とはいわないでせう?・・言うかな?

決して難しい文章ではないし、分からない単語もほとんど無いのだけれど、日本語に直せない箇所がそこかしこに。。日本語能力を問われているんですよね、まったく、翻訳っちうのは。

それにやっぱり、フィンランド・スウェーデン人の書くスウェーデン語はやっぱりスウェーデン・スウェーデン人の書くスウェーデン語とはちょっと異なってて、古風といおうか、エレガントというか、なんとなく匂いが違ってて、そんなことも翻訳に反映させたい、なんて考えると、もう七転八倒というか、窓から外に飛び出していっちゃいそうだわ。

窓の下の花壇のところでテキストを握り締めて悶絶している日本人をみたら、美しい言葉をかけてやってくださいまし。はっと気づいてぴったりの訳語をみつけて生き返って窓によじ登るかもしれませぬゆえ。

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