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2011年4月23日 (土)

いろいろ(120)「トーヴェ・ヤンソンとガルムの世界」

冨原眞弓「トーヴェ・ヤンソンとガルムの世界」(青土社)読了。研究論文に近い労作ですね。1923年から1953年までの30年間、フィンランドのヘルシンキに「ガルム」というタイトルのスウェーデン語の評論雑誌があったのね。ガルムというのは北欧神話に出てくる狼犬で地獄の入り口を守ってるの。イラストでは黒いブルドッグのように描かれてます。まあ、編集人&発行人であったHenry Reinは「ガルム」でフィンランド社会に噛み付く、といういとも持っていたのかもしれませんね。本書によると相当キツイ社会風刺を行っていたようです。

で、ガルム誌のイラストを描いていたのがトーヴェ・ヤンソンのお母さんのシグネで、1930年代後半頃からは娘のトーヴェが代わりに描くようになって、そのうちに自分の分身としてムーミンを絵の端っこに描くようになったのね。

で、ガルムの30年間(編集責任者のレインが亡くなってしまったので廃刊)は、外でも内でも戦争の時代だったのね。特にフィンランド国内のフィン語とスウェーデン語の対立がイラストにかなりでてきます。

これはとてもオススメの本ですよん。あー、でもこれをどうやってスウェ語でまとめるというんじゃぁ。。>FILI

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コメント

おたおたしているうちに定年の日がすぎ、今は、事務手続き(書類が20種位あった)であたふたしています。happy01 書き物を始めようと思いつつ、最初の一歩に踏み込めない。それはそうとう・・・

1920年代~1950年代というと、世界的に戦乱に明け暮れた時代ですね。フィンランドの独立が1917年だったと思いますが、フィンランドのスェーデン人というと、独立直後、社会的にも微妙な立場だったと思います。足元がぐらつき、といってスェーデンに戻ることも納得できない、みたいな。そういう立場からの社会評論では、多分、納得されるのは難しかったのでは。ムーミンが死後の世界の住人(フィンランド語でムーミンはmuumipeokkoと言うと思いましたが、peokkoというのは死後の世界の住人らしい)に擬されていたり、原作ではちょっと表情が暗いように見えるのは、そんな影響なのかもしれませんね。

おやまあ、まだ書類が?
冨原さんは半年間フィン国西海岸の図書館にこもってガルムの表紙(&中身)をずっと追ったようで、鼻が大きい最初のムーミンとか背中に羽を生やして旅行かばんを持つ最後のムーミン(ガルム最終号)までのムーミンの変遷も分析しています。トーヴェは最後の方は政治的な関心が薄れたよう(社会が安定した?)ですが、最初の頃はかなり辛らつな風刺画を描いていたようです。

ええ。時間がかかる手続きでは、結果が出るまでにひと月くらいはすぐ経ってしまいます。五月末ころまでにはすべて済ませて落ち着きたいところです。

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